『 この街で 』
ポ −−−− ン ・・・ 余韻を残しピアノの音が消えた。
「 はい お疲れさま〜〜〜 」
ピアノの脇に立っていた初老の婦人は 軽く会釈をする。
「 ・・・・ 」
スタジオのダンサー達は 優雅なレヴェランスで応え拍手をした。
ピアニストさんも立ち上がり 会釈を返した。
− それをきっかけに 皆 てんでに動きだす。
「 ふぇ 〜〜〜〜 」
「 おつかれ〜〜〜 」
「 ・・・ あ〜〜 クツ、潰れてたぁ〜〜 」
「 ねえねえ〜〜 今日 ひま? 」
「 ごめ〜ん この後、教えなの〜〜 」
ワイワイ ガヤガヤ ・・・ すこし自習をする者もいるし
荷物をまとめて 更衣室に急ぐ者もいる。
バレエ団の朝のレッスンが終わった。
「 ・・・・ ・・・・ 」
フランソワーズは すみっこのバーの前でそっと息を吐いた。
あ ・・・ あ 終わった わ ・・・
なんとか 転ばないで すんだ わ
「 ・・・・ 」
重い足取りで タオルやら脱ぎ捨てたウオーマーなんかを拾い集める。
「 えっと・・・ ニット・・・? 」
「 これ じゃない? 」
隣のバーでレッスンを受けている小柄な女性が声をかけてきた。
「 あ ・・・ ありがとうございます えっと・・・みちよさん 」
「 うふ みちよ でいいよ〜〜 フランソワーズさん 」
「 わたし も ふらんそわーず って呼んでください 」
「 わお〜〜 ね 帰り急ぐ? お茶しな〜〜い? 」
「 え ・・・ あ あの ・・・ 」
「 あ いきなりゴメンね〜〜 ね また今度さそうからさ〜〜
いっしょしようよね? 」
「 あ は はい ・・・ 」
「 じゃ ね〜〜〜 明日〜〜〜 」
丸顔の彼女は にこにこ・・・手を振ってスタジオを出ていった。
あ ・・・ ごめんなさい ・・・
あの・・ 今 なんて言ってたの ??
みちよ サン ・・・ あなたのコトバ よくわからないの
「 ・・・・・・・ 」
またまたふか〜〜〜いため息と ちょこっと涙も滲んでしまった。
仲間たちとあの島から脱出し ようやっと悪夢の日々から解放された。
やっと巡ってきた 穏やかな・普通の日々・・・・
フランソワーズは その中に埋没してはいなかった。
― もう一度 踊りたい ・・・!
ずっと自分自身を支えてきた 夢 に 向かって 彼女は驀進し始めた。
そして 多少の紆余曲折はあったけれど 今 こうして
都心にある中堅どころのバレエ団に 研究生として通っている。
「 おつかれさまでした 〜〜〜 」
事務所のカウンターに挨拶をし、 フランソワーズはスタジオを出た。
都心に近いところだけれど 大通りからは少し裏手になっているので
案外静かだ。
高層ビル街とは離れているので 一般の古い住宅やら中小のアパートが並ぶ。
コツ コツ コツ ・・・ 両脇からは木々が緑の枝を広げている。
「 ふ ぅ〜〜〜 」
大きなバッグを抱え フランソワーズはすこしゆっくり歩いてゆく。
あ〜 思いっきりおしゃべりがしたい!
薄い水色の空にむかって 小さく声にだした。
この国に住むようになり 一生懸命、言葉を勉強した。
自動翻訳機に頼れば なんとか・・・なるはずだが それはイヤだった。
「 ぼくに聞いて! ぼく、こんなだけど、ちゃんと日本人だからね〜〜 」
一つ屋根の下にくらす 009 は にっこり笑ってくれた。
「 あ アリガトウ 」
「 買い物とかさ 一緒に行くよ〜〜 」
「 たすかるわ 」
彼は地元商店街やら 駅の向こうの大型スーパーを案内してくれたし
日常使う言葉も教えてくれた。
すぐに 日々の生活は ほぼ ・・・ なんとかなるようになった。
そして ― 彼女は 新しい世界 へ 挑戦したのであるが。
毎朝レッスンに通うバレエ・カンパニー。 主宰者の初老の婦人は若い頃
パリに留学していた、というヒトでフランス語に堪能だった。
「 よかった・・・ ! そうよ〜〜 バレエは世界共通ですもん。
レッスンだって きっと ・・・ なんとかなるわ〜〜 」
フランソワーズは ちょっぴり安心し、でもどきどきしつつレッスンに臨んだ。
− 果たして ・・・
クラス中 マダムの指示は簡潔で 解りやすく 半分はフランス語なので とても助かった。
ただ … 合間に 挟まる冗談口 ― 周りが
笑い声をたてているので
多分 ジョークなのだろう と思ったけど ― 内容は全くわからなかった。
反則だけど … 自動翻訳機
を 密かにオン にしてみたが
ザ 〜〜〜 … 雑音が流れるだけだった。
「 う〜〜〜 なんなの〜〜〜? 全然 翻訳できてないわよ?!
ふん! BGの製品って。 ポンコツね!
な〜によ〜 最先端の技術 な〜んて自慢してたけど!
ぜ〜んぜんダメじゃない ! 消費者センターに提訴したいわっ 」
フランソワーズは ぷんぷんし思いっ切り毒づいた。
「 それとも どっか不調なのかしら? 博士に調整して頂きたいわ〜〜 」
ふん・・・! 」
― 003のクレームを 閣下は知っているだろうか・・・・
そして さらに。
同年代の仲間達、 彼女らの笑いさざめくような 日本語 は ほとんど理解できなかった。
「 明日のクラス、 何時からですか? 」
そんな風に尋ねれば
「 え? 明日〜〜 えっと〜〜〜 ああ いつもの通りよ 」
「 イツモノトオリ ? 」
「 あ 〜 あのね 10時からです。 」
「 ・・・ ありがとう〜〜 」
ゆっくりきちんと答えてもらえば 理解できるのだが。
彼女らの早口のおしゃべりは まったくわからない。
フランソワーズが知っている日本語、 ジョーやコズミ博士がしゃべる日本語 とは
ぜんぜん違う言葉みたいに聞こえるのだ。
もちろん ・・・というか 当然、 自動翻訳機 は 全く役に立たなかった。
オンナノコのお喋りひとつ 翻訳できないじゃな〜い !
あ〜
思いっきり お喋りがしたい〜〜
「 ・・・ ふう ・・・ 」
気が付けばいつのまにか いつもと違う道・・・ 大通りからどんどん離れた
道を 辿っていた。
あ れ。 ここ ・・・・ ?
振り向いてみたが 同じような住宅が続いているだけだ。
「 ・・・でも 車の音が聞こえるから ・・・ 大通りから
まるっきり離れてしまったわけじゃ ないわね 」
ぽつり。 雨粒が ひとつ、落ちてきた。
「 え?? あ 雨〜〜〜 やだ 傘 持ってないのに ・・・ 」
周囲を見回し 今来た道を戻ればいいかな ・・・と思ったとき
少し先に ひらひら・・・ゆれている布が 目に入った。
「 あら あれって ・・・ トリコロール ( 三色旗のこと )? 」
雨粒にも追われて、自然に足が速まった。
そこには カフェ が あった。
普通の住宅を改築した様子だ。
「 ふうん ・・・ みた感じはこの国のお店みたいだけど ・・・
あ。 外にもテーブルがでてる ・・・ 」
オープン・カフェ の様相だが 座っている客はいなかった。
C I T R O N そんな文字がドアの上に彫ってある。
「 しとろん ・・・? 」
フランソワーズは思い切って 緑色に塗ってあるドアを 押してみた。
カラン ・・・・ 小さくドア・ベルが鳴った。
「 ・・・・・ 」
カウンターの中にいた男性が ぱっとこちらを見た。
錆色の髪で 背が高い。 彼は深いグレーの瞳をフランソワーズに向けた。
「 あ ・・・ あの Bonjour ? 」
「 どうぞ ? カウンターでも テーブルでも。 ああ 雨ですねえ 」
「 Merci ・・・ 」
ごく自然に 母国語が口からこぼれた。
店の中は 温かい色の電燈に照らされて 空気はオレンジ色にみえた。
「 ・・・ じゃ ここ 」
フランソワーズはカウンタ―の席に 付いた。
「 ふうん ・・・? 」
その店は 奥にサラダ・バーがあり カフェだけではなく軽食も取れるようだった。
「 マドモアゼル? 」
カウンターの中から マスターとおぼしき男性が声をかけてくれた。
「 あ ・・・ オ・レ と サラダ・バー ? 」
彼女は奥を指さした。
「 どうぞ? お皿はこれ。 盛れるだけ盛ってきていいですよ。 」
「 メルシ あ あと ・・・ バゲット ・・・ 」
「 クロック・ムッシュウ もありますよ 」
「 あ ダイエット中なんで 」
「 そう? ダンサーさん にはサラダ・バー が一番 かな 」
「 あら・・・・ 」
マスターは 笑って彼女の大きなバッグを指した。
「 あのマダムのバレエ・カンパニーでしょう? 」
「 はい。 御存知? 」
「 有名ですよ〜〜 はい サラダ用のお皿 」
「 メルシ〜〜〜 」
フランソワーズは 陶器のお皿を持って奥にたった。
「 ・・・ あ〜〜 コルニッションがある♪ きゃ・・・これ 大好き〜〜 」
サラダ・バーのコーナーには オリーブ、 アンチョビ、トマト、サヤインゲン、
ジャガイモ、卵 ・・・ フランソワーズには身近な顔がそろっていた。
「 わあ ・・・ あ クルトンもあるのね! 」
ドレッシング類も 豊富だった。
「 えへ たっくさん取ってきちゃったです 」
フランソワーズは山盛りお皿を持って カウンターに戻ってきた。
「 はい オ・レ。 熱々ですよ もっと盛っていいんですよ 」
コトリ。 青磁色のカップを置いて マスターは笑った。
「 あ ・・・ 食べきれないと困るから ・・・
いただきま〜〜〜す 」
「 どうぞ 」
♪ 〜〜〜 ♪♪ ・・・
店の中には ラジオから音楽が小さく流れていた。
「 ? ・・・ FEN ですか? 」
「 ・・・ 」
マスターは 黙って笑っただけだった。
「 あ この曲 好きだったなあ ・・・ 懐かしい〜〜 」
フランソワーズは低い音に 身体を揺らす。
「 ふふ ・・・ あ。 このドレッシング 美味しい〜 」
「 ? ああ 普通のですよ 」
「 え そうですか? あ お手製 ? 」
「 ウチのドレッシングは全部 僕が作ってます。 」
「 わ〜〜〜 さすが〜〜〜 ・・・ ん〜〜〜 おいし♪
久し振りだわ この味。 とっても美味しいです 」
「 メルシ マドモアゼル。 」
マスターは ちょっと笑って会釈をした。
「 うふ・・・ あ〜 あの 一緒に住んでるヒトは なんでもかんでも マヨネーズ
ええ 市販のをね、 どば〜 なの。 」
「 ・・
ふふ カレシはジャポネ?
」
「 え!
か 彼氏じゃ
ないけど 日本人なの。
」
「 ―
それじゃ仕方ないな〜 ま
家で作るマヨネーズの美味しさを
教えてあげれば? 」
「
あ そうですね でもね この国の普通のカフェとかで サラダっていうと
レタスときゅうりとトマト・・ その位しか出てこないのね 」
「 サラダはハムやらアンチョビなんかもしっかり入ってなくちゃね。
バゲットとサラダとオ・レ。 ランチはこれに限る。 」
「 そうね! あと フロマージュ。
ねえ マスター、 チーズの種類、この国は少なすぎますよね? 」
「 そうそう でもこの国の野菜や果物は美味しい。 」
「 フルーツなんか スウィーツみたいですよね・・・
わたし リンゴはあの青くてちっちゃいのが好き 」
「 あ この国にもね 固くてちょっと酸っぱい林檎 ありますよ
真っ赤でカワイイんだ 」
「 ふうん ・・・ あ〜〜 サラダ 全部食べちゃったぁ 」
「 よかった。 ちょっと顔色悪いな〜って思ってたんですよ。
さ 熱い オ・レ もう一杯どうぞ。 」
フランソワーズの前に 湯気の立つカップが置かれた。
「 まあ 嬉しい。 〜〜〜〜 おいしい ・・・ 」
カラン カラ −−− ン 新しい客が入ってきた。
「 Bonjour ? やあ 」
顔見知りらしい客に マスターも笑顔だ。
フランソワーズは 奥のコーナーに目を移してみた。
ペーパーバッグ数冊と新聞が置いていある
「 あら Le Monde ・・・ わ〜 Le Figaro
あら La Croix ( ラ・クロワ カトリック系の新聞 ) まである〜〜 」
熱いオ・レを飲みつつ 新聞の見出しを拾った。
「 ・・・ ふうん ・・・? あ〜〜〜 美味しかった・・・
あら 雨 ・・・ 止んだみたいね 」
窓の外は 先ほどより明るくなってきていた。
「 いっけない〜〜〜 のんびりし過ぎたわ ・・・ 」
時計を眺めてびっくり。 フランソワーズは荷物を持ってあわてて立ち上がった。
「 また どうぞ 」
「 Merci Monsieur
」
マスターの笑顔に送られ 店を出た。
あ ・・・ お日様 ・・・
白っぽい空に 黄色に近い太陽が浮かんでいた。
「 ふう〜〜 いい気持ち・・・ 雨上がりは空気がキレイねえ
あ。 この角を曲がれば 大通りに出られるかしら ・・・? 」
大きなバッグを抱えなおし、 フランソワーズはぽこぽこ歩いていった。
「 ただいま〜〜
」
「 あ お帰り! ・・・ なんか あった? 」
メトロと電車を乗り継いで < ウチ > に帰った。
玄関のドアをあけてくれたのは ジョー。
「 え なぜ? 」
「 う うん ・・・ 明るい顔 してるから。 イイコト あった? 」
「 ・・・ そうね〜 ちょっと懐かしいランチ 食べてきたの。 」
「 へえ よかったね〜〜 あ お昼のサンドイッチ、サンキュ。
とっても美味しいかった〜 」
「 まあ 嬉しい。 ね 晩ご飯 なにがいい? 」
「 う う〜〜〜ん ・・・ とぉ あ あの ・・・ いいかな 」
「 え なにが。 」
「 ウン あのぅ 〜〜 生姜焼き ・・・ いい? 」
「 いいわよ? ね 美味しいサラダをつくるわ。 楽しみにしててね 」
「 わ〜〜〜〜い〜〜 」
ジョーはものすごく嬉しそうだ。
「 えへ ・・・ なんかさ〜〜 ぼく 最近ウチのご飯が楽しみでさ 」
「 大人のお料理には とても及ばないけど 」
「 ううん ううん フランのごはん 大好きさ〜 」
「 メルシ〜〜 ふん ふん ふん♪ 」
フランソワーズは 上機嫌で二階に上がっていった。
「 あ は ・・・ 元気になってよかったな ・・・
最近 ちょっと疲れてたのかな ・・・ へへ 晩ご飯 楽しみ〜〜 」
この少年は 案外細かいコトに気配りができるのかもしれない。
その年の早春は 晴れ と 小雨の日が交互にやってきた。
「 あれえ 今日は雨かあ ・・・ 」
「 おはよう ジョー あら 降ってる? 」
キッチンに入ってきたジョーは ちょっとがっかりした表情だ。
「 ウン ・・・ あ〜〜 チャリででかけようと思ってたんだけどぉ 」
「 ちゃり? 」
「 あ 自転車のこと。 ちょっとさ 駅の向こうとか探検して来ようと
思ってたんだけど 雨かあ・・・ 」
「 あら 春の雨って ステキじゃない? 」
「 ステキ?? ・・・ う〜〜ん 女子的発想〜〜 」
「 そりゃ わたし 女子 ですから 〜〜
あ ランチ用のサンドイッチ 冷蔵庫に入ってるわ 」
「 ありがとう〜〜 ねえ サラダ・・・ 」
「 ちゃんとついてます。 」
「 わあ〜〜い きみのまよね〜ず 超〜〜ウマ〜〜〜 」
「 あ 気に入ってくれた? 」
「 超うま〜〜〜 だよ〜〜〜 」
「 嬉しい♪ ジョー 普通のマヨネーズ、好きでしょう? 」
「 あ えへ ・・・ぼく、 まよら〜 だから ・・・ 」
「 ま よ ら ?? なに それ 」
「 あ ・・・・ ごめん まよね〜ず大好き人間 ってこと 」
「 ああ そうなの ・・・ そんなに好き? 」
「 うん! ・・・ってか サラダとかに付けるものって マヨネーズくらい
しかなかったから さ 」
「 え?? 普通のドレッシング かけないの? 」
「 学校の給食なんかで 食べたけど ・・・ 」
「 まよら〜 なのね 」
「 えへ でも! 今はね〜 フラン製まよね〜ず の まよら〜 だからね〜 」
彼は ばちん、とウェインクした。
「 まあ うふふ〜〜〜 ありがと。 」
「 あの〜〜〜 さ。 明日からも またこのランチ、作ってくれる? 」
「 もちろんよ。 」
「 サンキュ。 明日からバイトなんだ 」
「 まあ アルバイト、見つかったのね 」
「 うん あのさ 出版社の編集部で バイトなんだ。 」
「
編集部? わ〜
すごいわね〜
」
「 あは 雑用係デス。 だけど
ぼく 憧れだったんだ 編集部って 」
「 そうなの
よかったわね〜 すご〜い ジョー 」
「 頑張ってるきみに 負けないよ〜に って 」
「
え? わたし? 」
「 うん
最近 元気だね〜 友達 できた?
」
「 え
あ う〜ん … ねぇ 自動翻訳機
って。
壊れてない? 」
「 え …
そんなこと ないと思う
けど?
最近 使ってないからな 」
でも なんで? 」
突然の問いに ジョーは目を白黒させている。
「 だって!
皆のおしゃべりに 全然機能しないのよ
ざ〜〜 って 雑音ばっかり 」
「 おしゃべり? ・・・ あ〜
ガールズ トーク は 想定外、対応不可 かもな〜 」
「
え? なに?
が〜るず?? 」
「 あ〜 その〜 お喋りって スラング とか多いだろ 」
「 え 日本語にも スラング あるの
」
「 あるさあ〜 ってか 女子トーク は ぼくだってよくわかんないもん 」
「
そう なの? じょしと〜く・・・・ 」
「 きみの国だって そんなモンだろ 」
「 あ ・・・・ まあ ね ちゃんとしたコトバで話なさいって ママ や
先生も言ってたっけ
・・・マドモアゼルらしい言葉で って … 」
「 はっ 神父さまもよく言ってたな〜
あ
! もしかして バレエ団で周りのトモダチのおしゃべり よくわかんない?
」
「 …
うん 」
「 あ〜 そりゃ 辛いよね〜
」
「 わたし … ごめんなさい こんなに恵まれているのに ・・・
ヨワムシでわがままね 」
「 え〜 謝らないでよ 〜〜 ね
ぼく 翻訳機のスイッチ オン に するから
思いっきりお喋り してよ 」
「 え … 」
「 ぼくも〜 フランス語 おぼえる ! ・・・ってか
やっぱ翻訳機、頼っちゃうけど 」
「 ありがと ジョー ・・・ ! 」
「 でもさ、フランすごいよね〜〜 日本語 普通に話してるし
買い物とか 全然平気だろ ? 」
「 でも でもね! 皆のおしゃべりは ・・・ わかんないのよ。
クラス中でも 先生の冗談とか ・・・ わかんない。 」
「 あ〜〜 そりゃそうだよ ぼくもさ、グレートやジェットの話とか
ジョークとか 全然わかんないもん。
アルベルトやピュンマもちゃんと会話に加わってるのにさ 」
「 え そうなの? ジョー いつも一緒に笑ってるから
わかってるのかと思ってたわ 」
「 えへへ ・・・ きみと一緒さ、自動翻訳機操作しても
ザ −−−− だもん。 」
「 やっぱり?? 」
「 きみは英語とかわかってるけど ぼくは全然・・・だからね〜 」
「 そう なの? ちっとも気が付かなかったわ 」
「 しょ〜がないさ。 それでもず〜〜〜っと聴いてたら なんとな〜〜く
わかるようになってきたんだ 」
「 え ・・・ そ そう? 」
「 ウン。 全部は無理だけど。
ね〜〜 思いっ切りフランス語でしゃべっていいよ?
ぼくも 返事できるようになるから 」
「 ジョー ・・・ ありがとう ・・・・ すごく嬉しい ・・・」
「 えへへ ぼくも嬉しいな〜〜 」
「 うふふ ・・・ あ バイト! 頑張ってね〜〜
美味しいお弁当、作るから。 」
「 ありがと〜〜〜〜 ぼく もうすっごくうれしい〜〜 」
「 ジョー ホントに嬉しそうね 」
「 ウン。 ぼく さ。 今 ココに帰ってくるのが嬉しいんだ 」
「 え ・・・? 」
「 < ウチ > ってさ こういうトコなんだね。 」
「 ジョー ・・・ 」
「 ぼく この家が この町が 大好きさ 」
「 ふふ ・・・ 雨だけど素敵な日 ね 」
「 ・・・ ん ・・・・ 」
若い二人は 雨模様の白っぽい空を見上げてほんのり笑い合った。
コツ コツ コツ ♪
軽い足音が細い路を辿ってゆく。
「 ふんふ〜〜ん♪ わたしの好きな コルニッションのサラダ 〜〜〜 」
フランソワーズは水色の傘をゆらし ― 目的地に着いた。
CITRON と 彫ってあるドアを押した。
カラ −−− ン ・・・ ドア・ベルが鳴る
「 ・・・ やあ いらっしゃい 」
「 Bonjour Monsieur サラダとオ・レ お願いします 」
「 はい どうぞ。 」
コトン。 青磁色のお皿が 彼女の前に置かれた。
「 ふんふんふ〜〜〜ん♪ あ スナップ・エンドウ〜〜 きゃ 」
サラダ・バー から お皿を山盛りにして席に戻る。
「 ・・・ ん〜〜〜 おいし〜〜〜〜〜 」
店の中には 暖色の灯が点り 低く音楽が流れる。
「 ・・・ ああ いいなあ ・・・ 」
フランソワーズはカップを手に
ふと 外に視線を向けた。
え … ? ここ ・・・ え??
窓の外には ― 見慣れた風景が 彼女が生まれ育った街が広がっていた。
「 ・・・?! 」
呆然と 眺めていると。
カッ カッ カッ −−− !
「 え ?! お お兄さん ? 」
兄によく似た青年が 雨を避け 走っていった。
「 ! 」
慌てて 外にでれば ― 外は雨。 その中にほんのり残る煙草の香 ・・・
お兄さん ・・・ お気に入りの煙草 ・・・
「 なにか・・・? 」
マスターは 戻ってきた彼女に穏やかな顔で聞いてくれた。
「 ・・・ い いえ ・・・ ちょっと知り合いかと ・・・ 」
「 そう? ・・・疲れていますか 」
「 ・・・ え? 」
「 ここは 迷い人の止まり木。 疲れたら少し休んで
さあ また歩き始めたらいいんですよ 」
「 あ … わ わたし … 」
「 Mademoiselle ・・・ 貴女を待っていてくれるヒトのところに
お帰りなさい 」
「 ・・・ マスター ・・・ 」
「 また どうぞ来てください? 今度はお友達とね。 」
「 ありがとう マスター 」
「 ほら。 雨も上がりましたよ 」
「 ・・・・ 」
フランソワーズは こくん、と頷くと 静かに立ち上がった。
数日後 朝からからり、と晴れ上がった ―
「 はい お疲れさま〜〜 」
「 ありがと〜〜 ございました 〜〜〜 」
主宰者のマダムとダンサー達は優雅に会釈をし 朝のクラスは終わった。
ふう 〜〜〜
フランソワーズは深呼吸をして ― すぐ側にいた小柄な女性に話かけた。
「 みちよさん。 ねえ 帰りにお茶 しない? 」
「 わ〜〜 フランソワーズ〜〜 いく いく〜〜〜 どこがいい?
あ どっか行きたいトコ ある? 」
「 え・・・っと。 あのね、 わたし、素敵なカフェを見つけたの。
一緒にお茶しませんか 」
「 わ〜〜〜〜 いい いい〜〜〜 教えて〜〜〜
ねえ ・・・ フランソワーズ しゃべり方おもしろいね 」
「 あ ・・・ ヘン? 」
「 ううん〜〜 丁寧でさあ フランソワーズらしいよ。
ね そのカフェ どこ? 表参道の方? 」
「 ううん なんと ここの近くです。 」
「 え! そなの? いこ〜〜〜〜 」
「 みちよ ・・・ いっぱいおしゃべり して? 」
「 ?? なんで 」
「 わたし、 にほんご おぼえるの 」
「 え〜〜 フランソワーズ、 ちゃんとわかってるじゃん〜 ねえ いこ! 」
「 ええ。 」
笑い声をあげつつ 二人はバレエ・カンパニーを出た。
「 ここ。 」
「 ほぇ〜〜〜 こんなトコにカフェ あったんだ? 」
「 みちよ しらなかった? 」
「 ウン 全然。 」
「 今日のサラダは な〜〜にかな〜〜 」
フランソワーズは もうすっかり馴染んだ緑色のドアを押した。
「 いらっしゃい ・・・ 」
声をかけたのは 黒髪の、日本人の男性だった。
「 ・・・ Bonjour? あの〜〜 マスター は ? 」
「 僕ですが 」
「 あの ・・・ この前 フランス人の方がいらして 」
彼は ああ ・・・ という顔になった。
「 この店を始めたヒトです。
僕の知りあいっていうか 先輩のフランス人のオジサン なんですけどね。 」
「 その方 ・・・ 今日は御休みですか?
オジサン ・・・ には見えなかったけど ・・・ 」
「 え? ああ 先日 彼は引退してパリに帰りました。
トウキョウの、この町が大好きで・・・ いつかまた来たいって言ってましたよ。 」
「 そう なんですか ・・・ あのマヨネーズ ・・・ 」
「 マヨネーズ? ああ 彼のレシピ、ちゃんともらってますから。
さあ どうぞ? 」
「 フラン〜〜 ここ カフェ? 」
大きな目をくりくり・・・ みちよが聞く。
「 みちよさん。 そうなのよ。 サラダが美味しいの 」
「 わお〜〜〜 」
二人は カウンターに席を取った。
「 なんか ステキだね〜〜 ねえ パリのカフェって こんなかんじ? 」
「 うん ・・・ あ わたしはここの方が好きよ 」
雨の日になると あのカフェに行きたくなる。
錆色の髪をしたマスターは 彼女と同じ時代を生きたヒト かもしれない。
貴女を待っていてくれるヒトのところにお帰りなさい
彼の柔らかい母国語が 今も耳の奥に残っている。
マスター。 ええ そうね
次の雨降りには きっと ジョーと一緒にここに・・・
***************************** Fin. *************************
Last updated : 04,10,2018.
index
************** ひと言 **************
一応 平ゼロの二人 ・・・ かな。
カフェでの会話は ふらんす語 と思ってくださいね〜
このカフェ 実在です♪